
東京都八王子市高尾山薬王院にある大天狗像。
天狗は、河童や鬼と同様 、日本では大昔から人々の身近にいる妖怪です。
妖怪といわれてはいますが、どこで生まれたのかは意外に謎です。霊能力も高いとされ、神隠しが起きると天狗の仕業では?と思われてきました。
この記事では、ポピュラーだけれど謎が多い妖怪・天狗のルーツと、彼のイメージである「神隠し」伝説に迫っていきます!
プラスアルファで、代表的な天狗の仲間も紹介します。
天狗の起源
天狗は妖怪の代表格として定着しています。ですが、そのはじまりを知っている人は多いとはいえません。
ずっと古代、大昔のアジアの世界から、天狗の姿を探しに行きましょう。
1.はじまりは古代中国
天狗が人間の世界に初めて姿を現したのは、古代中国です。
その時代は二千年以上前の漢(前漢)にまでさかのぼります。
この時代の文献では、司馬遷の『史記』に天狗の記述が見られます。
流星や隕石を天の魔物とみなした

彗星。火の玉ではありませんw
古代の中国人は、流星や隕石などの天空の下降物を「災いをもたらすもの」ととらえていました。
彼らは天狗を「てんぐ」ではなく「てんこう」と読んでいました。
「狗」は「いぬ(犬)」を意味します。隕石は、地上に落下するとき激しい衝撃音を立てます。
古代では、流星や隕石などが発生すると、「戦乱で人が死ぬ」という災いがもたらされると信じられていました。
なぜ、「いぬ」に例えたかというと、隕石の激しい落下音を「犬が吠える」様子に重ねたのです。
まるで獰猛な犬が「吠えている」ようだとして、「天から降ってくる災い+犬の吠え声のような音=災いをもたらす怪物」というイメージができました。
そして、天狗(てんこう)が生まれたのです。
2.日本での天狗の登場
日本に天狗が初めて登場したのは、637年、飛鳥時代です。
『日本書紀』の記録に、春に流星が落ちたとの記述があります。
この流星を「天狗」という概念にあてたのは、中国に※遣唐使(けんとうし)として留学していた僧侶・旻(みん)というお坊さんです。
※日本から唐(中国)へ使わされた、公の使節のことです。
彼は、日本にはじめて「天狗」の存在を紹介しましたが、「流星」との結びつきはないと断言しました。
そのことで、日本では、天狗が独立した「妖怪」として認識されていきます。
その後、天狗が日本妖怪界の表舞台に現れるのは、400年も先の平安時代(『源氏物語』や『今昔物語集』に登場します)です。
現代の形になるまで、天狗はいっとき人々から忘れ去られてしまったのです。
キツネと天狗

キタキツネ。コンコン。ほんものはかわいいですね
天狗は「いぬ」がもととなっていますが、僧侶・旻は『日本書紀』にて天狗にやまと言葉の「アマツキツネ(クツネ)」という読みを与えています。
これは、古代日本では天狗をキツネと同一視していたためです。
さらに、その同一化現象を確実にしたのは、平安時代の人々の「もののけを恐れる気持ち」です。
そのもののけの代表格はキツネで、天狗も同じような力を持っていたと考えられました。
仏教との関係
天狗の伝承は、そのほとんどが仏教の僧侶たちと多く関係しています。
特に、※天台宗(てんだいしゅう)との関係が深く、天台宗総本山の比叡山延暦寺(京都府)に天狗の伝説が残っています。
それらの伝承では、天台宗の僧侶がなんらかの理由で死亡し、恨みや憎しみから天狗に生まれ変わる話も多々あります。
天狗は、たびたび天台宗のことがらに関心をもって邪魔をしたり、ちょっかいをかけていたりしたのでした。
※天台宗:大乗仏教の一つ。平安時代、僧・最澄(さいちょう)によって、中国から日本に浸透しました。
3.天狗の姿の変遷

これまたいかつい天狗ですねww
現代に広く行き渡っているイメージは、「山伏姿+赤い顔(高い鼻に大きな目)+葉っぱのうちわ+雪駄」姿です。
おおかた背中には鳥の翼があり、人間の姿をとりながらも、顔(口元)はトビかカラスのくちばしをしています。
天狗の見た目の特徴といえば、何より、「高い鼻」でしょう。
天狗は、中国の流星を経て、仏教のエッセンスを取り入れて今の姿になっていきました。
半鳥半人化した雷神、鬼神
古代中国の絵画では、雷神に天狗のルーツとなるようなエッセンスを見出すことができます。唐代(古代中国)では、雷神に翼がついていました。
雷神は、魔法のじゅうたんのような雨雲に乗り、手には稲妻を呼び出す雷の斧やくさびを持っていました。
その顔は鳥のくちばし、ぎょろりとした目、翼など現代の天狗を思わせるものです。
天狗の鼻が高いのは西域の舞楽のお面に由来?
天狗の鼻高説は諸説ありますが、一つはインドや西アジアの地域の舞楽で使われたお面がベースとされています。
二つは、伎楽(ぎがく)面。
日本では、奈良時代に中国から伎楽(仮面をかぶって繰り広げられるお芝居)が伝わり、その伎楽のお面が現在の鼻高天狗のもとではないかといわれています。
4.天狗伝説
天狗の伝説で定番なのは、「人さらい」「超能力を使って僧侶を困らせる」ことです。
特に、「人さらい」いわゆる「神隠し」は、天狗と人がかかわる一番の出来事でした。
人さらいと神隠し
大戦前後までは、日本は農耕民族でしたので、農作業をするときは幼子を抱えながら働きました。
特に赤ちゃんは、畑の隅に寝かされていました。親が目を離しているすきに、トビやワシなどの大型の鳥がたびたび子どもをさらっていきました。
現代では考えられないことですが、大昔は日常茶飯事だったようです。
天狗は、幻術や超能力にたけていましたが、こうしたトビの人さらいから発展して、子供や若者を突如連れ去ってしまうイメージがつきました。
実際、山中や寺院などで、こうした事件が「神隠し」として報告されています。
大きな翼と特殊能力を使って、天狗の人さらいは「天狗さらい」と呼ばれ人々の間に定着しました。これは、伝承でも人と天狗がかかわる定番のパターンとなっています。
そんな天狗さらいの伝説でも、とりわけ神隠しの奇妙さを感じる伝承を一つご紹介します。
天狗さらいの話
地域:大阪・難波
お話:
難波に河内屋六兵衛(ろくべえ)という「鳥屋」(鳥を売る店)を生業にする男がいました。
六兵衛は、10代後半で神隠しにあい行方不明となりました。六兵衛は3年消息を絶ち、家族は身を案じて心を痛めるばかりでした。
突如六兵衛が鳥屋に戻ったとき、家族はまた見失わないようそばについてましたが、ふたたびひょっこり消えしまったのです。
家族は仏様に子供の無事を強く願いました。それから6年後、六兵衛は「羽」が生えた姿で帰ってきました。
彼は爆睡した後、家業に精を出すようになりました。
結婚はせず、六兵衛は町の騒動解決からはたまた未来予知まで幅広く手腕を振るいました。
いつしか、人は彼を「天狗の六兵衛」と呼びました。しかし、年を重ねてから、六兵衛はふたたび姿を消してしまったのでした。
参考文献:上記と同出 p.39-40「天狗六兵衛」より
天狗の種類
一口に天狗といえど、その種類は多岐にわたります。ここでは、代表的な天狗を紹介しています。
大天狗

僧侶など、仏教の行者が死亡した後転生したとされる天狗です。
妖怪ながら、「いい面」と「悪い面」をあわせ持ち、伝承では度々堅実な仏僧(特に天台宗比叡山)にちょっかいを出しています。
クラス:天狗トップ。
容姿:修験者(山伏)姿。赤い顔、高い鼻が特徴。背中には翼が生え、飛翔能力がある。
能力:きわめて高い霊能力を持ちます。
幻術(イリュージョン)・偽の釈迦牟尼へのなりすまし・偽の来迎(仏様一団が降臨されること)・予知能力など。
そのとき相手をする人間の階級や立場に応じて、霊術を使い分けることができます。
地域:比叡山、人里離れた山奥
怖さ:★★★★★
別名:鼻高天狗
烏天狗/小天狗

大天狗は「赤ら顔で極端に高い鼻」という容貌ですが、烏天狗は完全に猛禽類の顔かたちを取っています。
ルーツは、バラモン・ヒンドゥー教神話に登場する不死鳥カルラに始まります。
カルラは、雷神と同様の特徴も有し、かつ「人さらい」の逸話も残っているのです。
仏教では、釈迦の従者として仏法を守る八人の神「八部衆」の一人「迦楼羅」天として信仰されています。
クラス:下級。大天狗より下位に位置します。
容姿:大天狗同様、山伏姿。鳥頭で、とびやわしを思わせる嘴を持ちます。翼を持ちますが、カラスの黒羽というより猛禽類のものに近いです。
能力:武術・霊力ともに高いです。
怖さ:★★★☆☆
別名:青天狗
白狼天狗

別名木の葉天狗。名前のとおり、年老いた狼が天狗に変身したとされる姿です。
また白の由来は、年老いて毛が白くなる(白髪)イメージからきています。
天狗の中では下級で、人に対し、大天狗のようにちょっかいをかけるというより、力になるような働きをします。
女天狗

尼が死後転生したとされる女性の天狗です。
女性の社会的地位が低かったためか、女天狗のエピソードは少なく、大天狗のように注目を浴びることはあまりありませんでした。
クラス:下級。通常の天狗より階級が低いです。
容姿:大天狗の女性バージョン。
能力:幻術や予知能力は使えませんが、人間の女性そっくりに変身する術を持ちます。
怖さ:★★★☆☆
別名: 尼天狗
八天狗

相模大山・飯綱山・比良山・愛宕山・鞍馬山・大峰山・白峰山・英彦山の八山に住む、八人の大天狗をさします。大天狗の中でも力が特に強いです。
メンバーは、
- 大山伯耆坊
- 飯綱三郎
- 比良山次郎坊
- 愛宕山太郎坊
- 鞍馬山僧正坊
- 大峰前鬼坊
- 白峰相模坊
- 彦山豊前坊
が八天狗にあたります。
クラス:トップ。妖怪というより神レベルです。
能力:管狐・火の魔術・剣術や呪術など、幅広い霊能力を持ちます。
怖さ:★★★★★
おわりに
天狗といえば「烏天狗」や「鞍馬天狗」などがポピュラーです。
この記事では、古代中国の雷神からはじまる天狗のルーツをたどり、天狗の不気味さを特に物語るお話を2つご紹介しました。
私個人も、知らないことだらけで目からうろこ!な情報がいっぱいでした。
みなさんの妖怪知識として、一つでもお役に立てれば幸いです。